マンガ『BLUE GIANT』に学ぶミュージシャンのあるべき姿:その1
小学館「ビッグコミック」で連載されている石塚真一のジャズマンガ『BLUE GIANT(ブルージャイアント)』。マンガ大賞2016で第3位に入り、ジャズ好きならずとも、そのおもしろさに引き込まれている方も多いと思います。
ジャズという音楽と真摯に向き合い、多くのジャズミュージシャンを取り上げていることから、ジャズを知らない方にとってもとても良い入門書になるのでは。
マンガの中で描かれているものはミュージシャンでも学ぶこと、改めて発見することも多く、この『BLUE GIANT』を題材にミュージシャンはどうあるべきかや、ミュージシャンに関わるあれこれを考えていきたいと思います。今回は第1巻。
ミュージシャンにとっては当たり前のことも多いかもしれませんが、最初から振り返ってみる、という感じです。
とにかく練習する
第1巻以降も度々描かれる練習シーン。練習場所を確保できない主人公の宮本大は河原土手、トンネルの中など人気のない場所で練習をします。晴れの日はもちろん、雨の日もトンネルに向かい、夏の暑さでダラダラと汗を流しながら。
効率よく理にかなった正しい練習法というのは先生についたり、スクールに通ったりすると教わることはできますし、体系化されたものもあります。初心者が闇雲に独学でやり続けると変な癖がついてしまったり、あまりにも遠回りだったりします。
ただ、楽器を教わる、音楽を教わることを選ぶとついつい受け身になってしまう危険性もあります。毎日の練習ノルマが決まってしまい、それをこなすためだけの毎日。最初はキラッと光る原石だったものが、気がつくと見た目だけ綺麗なニセモノになってしまっている。
一番良い教材はいつも目の前にあるはずで、CDやレコードなどの音源、いまだったらYouTubeもありますし、なによりライブを観に行って肌で音を感じるというのが大切です。好きなミュージシャンがどういう音色でどういうフレーズをどういうリズムで演奏しているのか、動画やライブであればさらにどう体を使っているのか、丹念に丁寧に耳と目をフルに使って観察することが重要です。
ミュージシャンが最終的に求めるもの、あるいは最初から求めているものはおそらくみな一緒で、出したい音を出す、表現したい音楽を表現する、ということだと思います。
自分が出したい音はなんなのか?この練習でそれが実現できるのか?
「なんかここんとこしっくりこないなー」と思ったら一度自分で自分をレビューしてみること。実現したいこと見据え、見失わないことが大事です。
個人的には人生で一度は、ある程度の期間教わった方が良いなと思っています。
比較的自由と思われているジャズであっても、理論以外にいろんなルールやマナーがあります。自分というミュージシャンを観察してもらいアドバイスをもらうことで、自分だけでは気付きようのない発見もたくさん生まれます。
そしてとにかく練習する。その中で自分に合ったやり方、練習と休養のバランスなどを考えていくと良いと思います。
練習場所の確保:土手で練習する
個人的なことを話すと、自分が担当している楽器はピアノで、基本的に練習場所は家やスタジオになります。他にはスタジオなど、グランドピアノやアップライトピアノは持ち運ぶことができない、シンセやキーボードはアンプやスピーカーがないと音が出ないため、自ずと練習場所は限られてきます。ヘッドフォンをつないで家で練習したり、しっかり音量を出して練習したい場合はスタジオ、と基本的に二択です。
『BLUE GIANT』の主人公、宮本大はテナーサックス。作中では河原の土手で練習するシーンが度々出てきます。このご時世「河原で練習...?」と思われるかもしれませんが、サックスやトランペットのように音が大きい楽器は練習場所の確保というのは非常に重要かつ、難しいところです。親が音楽をやっていて理解がある、防音部屋があるなどそういった環境があればいいですが、この宮本大のように家族が音楽をやっているわけでもなかったり、例えばマンションなどでは家で練習するとなると露骨に近所迷惑になってしまいます。苦情になりやすい生活騒音を調べると、やはり楽器が上位に来ることが多いようです。スタジオを借りる費用も回数を重ねるとバカにならないため、自分の周囲でも河原の土手で練習するという人は割といます。
あとはスタジオより安く済むのがカラオケ。店舗数も圧倒的に多く、音楽スタジオが近くにない、土手もないという時にまず候補にあがります。ドラムや電子楽器がいないアコースティックな編成の場合、バンドのリハーサルをカラオケでやるというのもあります。場所を借りて練習するとなると、場所代だけでなく交通費やカラオケならドリンク代などもあるので、トータルで自分の予算に合わせた方法を考えるというのがやはり大事です。音楽をやっていくのはやはり何かとお金がかかるので、練習場所についてはなるべく安く済ませたいですね。
費用面で余裕があれば、楽器店などが運営している音楽教室に入会し、空き時間に借りれるスタジオを借りるという方法もあります。結構高くつきますが。
近所の楽器音に悩まされている人にとって、音楽は騒音でしかありません。
ご近所付き合いや周囲への気遣いを大切にすることが、音楽を続けていく土台作りとして大事だなと感じます。
音楽の初期衝動。初心忘るるべからず。
主人公の宮本大も最初からジャズが好きだったわけではないようです。
音楽に限らずどんな職業でも、そこにハマるきっかけというのは必ずあります。
宮本大の場合は友達と訪れたジャズクラブ(ジャズバー?)でのライブを観たことがきっかけになりました。
自分の場合はテレビゲームでした。幼い頃からピアノは教わっていましたが、夢中になるわけではなく嫌々通う習い事というのが現実で、大好きだったゲームをやっている時に流れているBGMに「なんて綺麗なメロディーなんだろう」と思ったのが好きになるきっかけで、音楽をやっていきたいと思った最初でした。
音楽をやってモテたい、ヒットをとばしてお金持ちになりたい、という気持ちが出てくる時もあるかもしれませんが(発想が旧時代的すぎるか...)、誰しも時間を忘れて虜になった瞬間があるはずです。
音楽を続けていくと、辛い場面に日々遭遇します。もうびっくりするくらい。
全然上手くなってるように感じない日々の練習、ライブで大ポカしちゃった、すごくシビアなレコーディング、先輩やお客さんからの痛烈なダメ出し、などなど...。
「常に楽しい」という人も時々いますが、大半の人はそうでないでしょうし、そういう時に自分の原体験に立ち返ってみるというのはとても大事です。
きっと音楽に感動して、やりたい!と思ったことに真っ直ぐで、正直だったはず。
自分の音楽にとってのルーツというのはつい忘れがちですが、モチベーションの維持、向上のためにも時々省みる時間を用意してあげるのが良いと思います。
音楽は楽しく。
楽器のランニングコスト:消耗品について
音楽をやる上で一番お金がかかるのはやはり楽器そのものですが、それ以外にも日々色々なところでお金が消えていきます。現代風に言えばランニングコスト、でしょうか。
サックスやクラリネット、オーボエなどであればリード、トランペットやトロンボーンであればグリス、ギターやベースであれば弦やピックが代表格でしょうか。ピアノにも年に一度は調律が必要ですし、楽器は楽器を買っておしまい、というものではありません。それぞれの楽器にそれぞれの消耗品があります。楽器そのものを定期的にメンテナンスする必要もあります。
楽器を始めた段階で、自分の楽器に関わる消耗品はなんなのか、月にどのくらい費用がかかるのか、家計簿とは言わずとも把握しておいた方が良いです。新しいマウスピースやシールド、欲しいものはどんどん増えていきます。
ミュージシャンであれば、その楽器や機材でどのくらい稼げているのか、新しく導入してその分だけ稼げる見込みがあるのか、などを考えると現実的なところが見えてきていいかもしれません。欲しくなるものは本当に際限なくあるので、うまく取捨選択の材料にするのも良いのではないでしょうか。なにより旦那さんや奥さんなど、家族を説得するために。笑
ジャズってなに?オシャレな音楽?
これはよく聞かれることでもあり、難しいところでもあります。というか、みんなどう答えているんだろう?うーん。
人によってオシャレな音楽と捉える場合もあるし、渋い音楽と捉える人もいます。自分の経験だと高校時代に教室でビル・エヴァンスの『ポートレイト・イン・ジャズ』をかけていたら「なんでそんな渋い音楽聴いてんの?それってジャズ?」と言われたことがあります。
ジャズという音楽が生まれて気づけば随分たちますが、その音楽的なスタイルも様々です。ジャズと言っても一口にくくれない、そんな時代になりました。
『BLUE GIANT』では楽器がメインのインスト、だったりアドリブがあって、とか熱い、といった表現で言われています。もちろんヴォーカルものもたくさんありますが、基本的に英語です。 気軽に聴くのが難しい音楽になってしまったのかもしれません。
作中のようにひやかし、からかいならともかく、本当にジャズを聴いてみたいと思っている人に聞かれたらどう答えるのがいいんでしょうか。
音楽を全然聴いたことがなくていきなりジャズというのはあまりないと思うので、相手の音楽的な趣味(綺麗なのが好き、元気なのがいい)というのに沿った音楽を提案したり、というのが無難かな...。
あとは自分が経験した原体験に近いものを一緒に追体験してもらうのがいいかもしれません。それが一番紹介する側も楽しく、熱くなれるんじゃないかと。
感動の度合いとしてはやっぱりライブに勝てるものはないな、と思っています。
とは言うものの、作中のひやかしは結構的を射ていて、「ワケがわからない」「メロディーがとりづらい」「何がいいのかわからない」というのは確かにそうだなと思います。そういう人には「なぜジャズを聴いてみようと思ったの?なぜ興味が湧いたの?」というところから真摯に答えていくのも音楽を伝える側として大事なことなんじゃないかな、と感じました。
「夢見てていいねー」周囲の心無い言葉。
世界で一番のジャズミュージシャンになる、と真っ直ぐな主人公宮本大。
さっきのひやかしクラスメイトから「夢見人的な」といった感じでもつっつかれています。これはもうミュージシャンあるあるで、社会人になる年齢ともなると相当しょっちゅう言われます。むしろこのクラスメイトすげーな、と思ってしまったりします。
内心は「だってやりたいんだもん!」としか言いようがないだけに、いい答え方がなかなか浮かびません。軽く流してしまったり、話題を変えたり。
ミュージシャンでない人にとってミュージシャンのわかりやすい成功例はいまだに「メジャーデビュー」「テレビに出る」「有名なアーティストと共演する」「100万枚売れる」みたいなところで、なかなか理解を得るのは大変です。
総務や経理など日の当たりにくい部署と同様に、ミュージシャンで生きるにも様々な生き方や役割があります。そのあたりをうまくわかってもらえるといいんですが、人間関係にあっさり亀裂が入ってしまうセンシティブな話題ですね。
ただ、30代もすぎるとみんな色々人生経験も積んできて、どの世界で生きるのも大変だというのがわかってくるのもあってだんだんと落ち着いてきます。
一方で、ちゃんと道筋を立てて生きていられればそういうことを言われることもないはず。自分が何年後どうなっていたいのか、そのために今何をすることが必要なのか、自分のライフプランを見つめるいいチャンスでもあるかもしれません。
まあ、イラっとくるんですけどね。笑
音楽に限らず、自分が周囲に立つ側になったら人が夢中になっていることをバカにしないようにしよう、と思いました。そもそも人としてそういうこと言うのはないだろう、と。
音を聴く
自分の音を出す、ということ以上に大事なことかもしれません。
第1巻の終盤で「うるさいんだよ!君は!!」とお客さんに言われてしまう宮本大。
自分の演奏に没頭するあまり、周りの音がまるで聴こえていない、考えられてないということがあります。ジャズに限らず音楽は会話なので、相手の話を聞くということをおろそかにしてはいけません。自分が目立つことではなく、その場の音楽がどうやったら最上のものになるか、そういう意識でライブにのぞむことを心がけています。
そういった瞬発力や判断力はやはりライブの現場でこそ培われるもので、意識をもって数をかさねていくしかありません。ポップスのメジャーの現場などは特にそれが顕著だと感じていて、その場のスターであり主役は紛れもなくアーティスト本人です。
そういった場所で自分本位なプレーや判断をしてしまうと、いくら技量があってもすぐにクビを切られます。名脇役でありつつ、ソロ回しなど必要な場面で主役になれるよう、日頃から意識していると良いと思います。
ただ、失敗はつきものなので必要以上に慎重にならず、臆病にならず。
捨てる神あれば拾う神あり、自分も何度か経験したことのある象徴的なシーンでした。
音楽に一番大事なものは、ハート。
作中で友人をサックスで励ますシーンが2度出てきます。
これはもう書く必要もないかもしれませんが、音楽にとって一番大事なのはやっぱりハートです。テクニックや理論はそれを助けるためのあくまでも補助輪。
人を想う、ということもそうだし、自分が心から出したい音。自分の心の奥深くにある音。それを体の全部、全身全霊を用いて音にする。
これがあるからこそ、人に伝わり、響き、残る。
一音一音を大切に。それが練習であっても。
どの項目もちょっと触ったくらいのつもりが、書き始めたら随分長くなってしまいました。流し読みしてもおもしろい、じっくり考えてもおもしろい、読み返してみてもおもしろい。いいマンガだなとあらためて思いました。
作中に出てきたジャズメンを取り上げようかと思ったんですが、そんな余裕ないですね。それはまた別の機会に。
オススメします、『BLUE GIANT』。